2007年10月30日
ひよこの発祥
元々は福岡の方のお菓子なんですね。東京のお菓子だと思っていました。
びっくりしました。
元々は炭坑地帯である飯塚のお菓子である。元々、飯塚は長崎街道を通って本州へ運ばれる砂糖を比較的容易に手に入れられたため菓子製造が盛んだったのと、重労働である炭坑作業の後に甘い物が好まれることから地元で定着していった。のち1957年に福岡市内(天神)に進出、ここでも人気となり福岡市内一円に進出、辛子明太子などとともに博多(福岡市)土産の定番となった。さらに1964年に開催された東京五輪の頃に東京へ進出し、東京駅や羽田空港などターミナルを中心に出店し、現在では東京土産としても有名。東北新幹線上野駅延伸開業後は東北方面にも広まった。関東以北では「東京銘菓ひよ子」と宣伝して知名度を獲得した経緯から、福岡発祥の菓子であることを知らない者も多く「東京から来た人が福岡の人に東京土産として『ひよ子』を持ってきた」などという笑い話もある。毎月14日、15日をひよ子饅頭PRのために「ひよこの日」に制定している。
ヒヨコの形になった理由は、二代目店主の石坂茂が「大勢の人に愛される、従来の丸い形ではない饅頭を」と考えて悩んでいた時に、ヒヨコで埋め立てられる夢を見たのがきっかけ、という。
なお、現在株式会社ひよ子(ひよ子本舗吉野堂)の本社は福岡市南区(工場は飯塚市など)にあり、また、株式会社東京ひよ子の本社は東京都台東区(工場は埼玉県草加市)にある。双方は同じグループ会社ではあるが、商品のラインナップは若干異なっている。関連商品として、ゼリーやサブレーやマカダミアチョコレートなどがある。なお、福岡県内限定で、型職人の技術継承のために作った特注の型で作られた通常の5倍の大きさのものが『大のひよ子』という商品名で販売されている。また、2倍や3倍、10倍や3分の1程の大きさのものも存在し、たまに『家族ひよ子』としてこれらが詰めあわされた物が売られている。
昔は「ひよ子」の形をした木型を使い、職人によって一つ一つ手作業で作られていた(この木型は資料として保管されている)。その後、製造工程は完全に機械化されており、焼きゴテで「ひよ子」の"目"を入れる作業も自動化されているが、しばしばデパートなどの実演販売において手作りを見ることができる。
引用:『ウィキペディア(Wikipedia)』
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